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三菱の今まで~財閥からゴーンまで~

こんにちは。名古屋大学自動車部です。今回は三菱自動車についてお話したいと思います。

三菱といえば、銀行・重工・電気・鉛筆など、幅広い分野で活躍していることは皆さんご存知だと思います。そしてその中にはもちろん、自動車も含まれており一部のマニアには非常に人気があります。しかし、近年は販売が振るわず、三菱自動車はルノー・日産の傘下に入ることになってしまいました。一体、三菱には何が起こったのでしょうか。過去の歴史から掘り起こしていきたいと思います。

1.そもそも三菱グループとは

三菱グループの創業は土佐藩が大阪に経営していた九十九商会という会社でした。これを土佐藩士の岩崎弥太郎が買収し、三菱商会と改称したのが三菱の始まりです。当初は海運と商事を中心事業としていました。明治期に巨万の富を築き、大正期には事業ごとに分割するほど大きな財閥となりました。戦後の財閥解体後でも、各事業が分社化し、グループを維持しています。

皆さんご存知の三菱のマーク、スリーダイヤは岩崎家家紋の三階菱と、土佐藩藩士の山内家家紋三つ柏を組み合わせたものです。これが由来して三菱の名前が決まりました。

写真1:三菱電機のスリーダイヤエンブレム。どこかで見たことあるでしょう?

写真1:三菱電機のスリーダイヤエンブレム。どこかで見たことあるでしょう?

グループとしての規模は非常に大きく、関連企業には三菱の名前を冠していないものでも有名なものが多数あります。ガラスで有名なAGC・ビールのキリン・カメラのニコン・コンビニのローソンなど、多数存在します。また、グループ間の結束力がかなり強く、各事業所では三菱電機のエレベーターが設置されたり、社用車に三菱自動車の車を使ったり、キリンの自販機が置かれたりしています。

さらに、三菱重工業サッカー部を前身としている浦和レッズのオフィシャルパートナーに、三菱グループ各社が名を連ねています。一時期、三菱自動車が筆頭株主である時期もありました。

写真2:鉛筆に書かれた三菱のマーク。

写真2:鉛筆に書かれた三菱のマーク。

全く同じマークですが、三菱鉛筆は三菱グループとは別の会社で関係はありません。歴史は三菱グループよりも古いです。

2.三菱重工業

1884年に長崎造船所を工部省から借り受けたのをきっかけに重工業部門に進出しました。1934年には三菱造船を、分社化した三菱航空機と合併する形で三菱重工業にしました。このとき三菱自動車はまだ分社化されておらず、三菱重工業が車の製造をしていました。日本の自動車メーカーの中では最古の歴史を持っています。

戦時中には超大型戦艦武蔵や零戦を製造し、日本の軍事力産業の中心として発展しました。戦後は財閥解体のため、1950年に東日本重工業・中日本重工業・西日本重工業に分社化され、自動車部門は中日本重工業に所属していました。しかし、1964年には製造する製品の重複などがあり、三菱グループで協力しながら三菱重工業を再建しました。

現代でも三菱重工業は日本でも重工業トップのメーカーであり、その事業は多岐に渡ります。造船・原子力を含む発電機・宇宙用のロケット・戦闘兵器などです。現在でもナンバーワンの軍需企業の座にあります。MRJも三菱重工の作っている製品の一つです。

3.三菱自動車への分社化

1970年に三菱自動車へ分社化しました。初期には米クライスラーと業務提携していました。このクライスラーとの提携は1993年まで続きます。1971年には北米のクライスラーチャンネルで二年前の1969年に発売されたコルトギャラン(のちのギャラン)が販売されました。そして、1973年には世界ラリー選手権(WRC)に出場することにもなったランサーが発売されました。

1981年には三菱自動車の名前で米国に進出します。1982年にはダカールラリーに参加したパジェロが、1994年には日本カーオブザイヤーを受賞したFTOが販売されました。

ここで、いくつか車の名前が出てきたので、それぞれについて軽く説明しようと思います。

ギャラン

ギャランはDセグメントに所属し、クーペ・セダン・バン・ワゴンなど様々なモデルが存在します。中でもセダンモデルが中心でした。10代目まで存在しますが、日本市場では、8代目までしか販売されず、9・10代目は海外限定の販売でした。

ただ、海外ではランサーの名前で販売されていた車が日本市場ではギャランフォルティスの名前で販売されるなど、かなりややこしいです。WRCでも活躍しましたが、後述でまとめて紹介します。

ランサー

ランサーはCセグメントに所属する、主にセダンのモデルが多い車です。8代目まで存在します。しかし、7代目は日本では先ほど紹介したギャランフォルティスの名前で販売されました。また、8代目はグランドランサーの名前で2018年に台湾市場向けに販売されています。

かっこよくて燃費もぼちぼち(約15km/L)、最上級グレードでも、日本円で300万円を超えない値段、1.8L直4の「4J10」エンジンで自動車税もあまり高くならず、非常に買いな車です。ただ、昨今の日本市場のセダン不人気を考えれば、日本導入はまずないでしょう。

ランサーと言えばWRC出場用のランサーエボリューションが有名ですが、これもあとで説明します。

写真3:ランエボ4

写真3:ランエボ4

パジェロ

パジェロはSUVで、すべてが4WDです。全車種が岐阜県加茂郡坂祝町で製造されており、同町の税収の大半を占め、坂祝町は「パジェロの町」と呼ばれています。同町のwebサイトでは特産品でパジェロが紹介されているほどです。

4代目まで販売され、現在も販売されていますが、歩行者保護法規に対応したフロント部分の構造変更を見送り、2019年8月の製造で日本仕様の製造を終了することが発表されました。現在、パジェロfinal editionが700台限定で販売されています。買うなら今だ!

パリ・ダカールラリーは、もともとはフランスのパリを出発点、セネガルのダカールを終着点としたラリー競技で、2009年からは南米を中心に開催されています。アフリカの中では救護施設のない砂漠地帯や、西サハラのような政治的に不安定な地域などを通るため「世界一過酷なラリー」と呼ばれています。

三菱自動車は改造車部門で、1985年の1・2位独占や、2001年から2007年までの7連覇を含め、参加メーカー最多の12回の総合優勝を勝ち取りました。2009年にはリーマンショック後の不景気を理由に撤退しました。

FTO

FTOはスポーツクーペタイプの車で、日本国内限定販売でしたが、2000年以降は海外へ並行輸出され、海外にも保有者がいます。FTOは「Fresh Touring Origination」の略で「若々しいツーリングカーの創造」という意味です。

当時、三菱自動車の車は直線的なデザインの車が多かったのですが、曲線的なデザインを採用し、人気を得ました。またエンジンは2LV6の「6A12」エンジンを採用しています。2LV6エンジンを採用する車は、国内では非常に数が少ないです。また、スポーツカーの中では珍しくAT車を中心とした販売戦略をとっており、現在の中古車市場でMT車は非常に稀です。2000年に販売を終了し、累計で約3万8000台売れました。

4.WRCとランサーエボリューション

世界ラリー選手権(World Rally Championship)は1973年、世界各地で行われていたラリーイベントを一本化し、ラリー競技の最高峰に位置すべく開催されました。

三菱自動車は初年度から参戦し、1974年にはギャランで、サファリラリーに初優勝しました。廃ガス規制で一時休止後、1981年にはランサーで復帰し、1989年から1992年まで計5勝しました。

そしてついに1993年、ランサーエボリューションが発売されWRCに出場しました。ランサーエボリューションは4WDのセダンで、2Lのハイパワーターボエンジンを採用しています。出場には一定数の販売が必要なため、限定販売されました。代毎に数字がつき、1代目から10代目まで存在します。

当時、ドライバーであったトミ・マネキンは1996年から1999年の4連続のドライバーズタイトルを獲得しました。彼は通算で24回の勝利を獲得しています。三菱累計の優勝回数は34回獲得です。これは世界全体で7位であり、日本国内メーカーではトヨタの51回、スバルの47回に次ぐ国内3位の記録です。2000年には当時としては初だったWRC四連覇を達成したトミ・マネキンを記念してランサーエボリューションⅥトミマネキンエディションが販売されました。

ラリー競技において非常に素晴らしい活躍をしましたが、2005年には後述の経営悪化ため撤退し以降参加していません。

写真4:ランエボ9

写真4:ランエボ9

5.リコール隠し事件と日産への子会社化

このリコール隠し事件は2000年に起こりました。1977年から23年間にわたり、10車種以上で、計18件約69万台にのぼるリコールにつながる重要不具合情報を当時の運輸省に報告せず、社内で隠蔽していたことが、三菱自動車社員による匿名の内部告発で発覚しました。実際にリコール隠しにより欠陥を放置された結果、死者もでる人身事故が発生してしまいました。

このリコール隠しで、当時の社長であった河添克彦は2000年11月1日に引責辞任しました。当時はダイムラークライスラーと業務提携していましたが、2004年には前回を上回る約74万件のリコール隠しが再度発覚、ダイムラークライスラーは提携の打ち切りを決定しました。これが決定打になり、ユーザーからの信頼を失って販売台数は大幅に下落しました。深刻な経営不振に陥りましたが、三菱グループの救済を受け倒産の危機を脱しています。

また2016年4月には燃費を実際よりもよい数値を虚偽報告する事件も発生しました。そして、2016年には日産が三菱自動車の株34%を取得することにより、ルノー・日産・三菱アライアンスが結成されました。このとき、2017年上半期の自動車販売台数は約530万台で、トヨタやフォルクスワーゲンを抑え、世界首位に立ちました。

6.最近と今後の三菱

2018年11月にはルノー・日産・三菱アライアンスのトップに立つカルロス・ゴーンが金融商品取引法違反で逮捕されました。三菱自動車の会長職も解かれました。本当に最近のことなので皆さんご存知だと思います。一応、現在でもアライアンスは存続していますが、今後はどうなるのかは不明です。

現在の国内向けのカーラインナップはSUVやミニバンといった大型車種か、コンパクトカーや軽自動車といった小型車種の二種類のみで中型セダンやスポーツクーペなどは見受けられません。それでもやはりスポーツカーを期待したいです。

ネットニュースにはすでに販売を終了したランサーエボリューションが2019年か2020年には復活するうわさが流れているので、復活が楽しみです。ルノー・日産・三菱それぞれの強みを生かした活躍を期待しましょう。

執筆:名古屋大学自動車部

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