タイ王国訪問記(番外編:その2)

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タイ王国訪問記(番外編:その2)

そんな訳で、訪問記その2はタイのBKK葬祭事情についての訪問記を書きます。文中や画像に、斎場や祭壇、火葬場に花輪等々が出てきますので、気分を害される方はご遠慮下さい。
本来、人がお亡くなりになった事を、こう言ったサイトの訪問記に記載するのはどうなのかな?とも考えましたが、故人の事を知ってもらう事や、この訪問記をお読みのお客様がタイのお通夜やお葬式の事情を知る事で、その国の文化や考え方を理解して互いに良い関係が構築できる事が、長年にわたり日本の廃車スクラップから発生する自動車をリサイクルし、その自動車中古部品の輸出に携わってきた奥様の望みであり、冥福をお祈りする事になると信じて訪問記を書くことにしました。今回は“その2”、お葬式編です。

さて訪タイ翌日の金曜日ですが、お通夜までは時間があるのでお店に訪問致しました。スワンナプーム国際空港にほど近いバンナー地区にあるチェンコン市場(中古部品市場)です。現地の人々は、バンナーのチェンコン12kmか17kmと呼んでいるようで、今は封鎖されている小さな橋を隔てて隣り合わせる二つのエリアに1000棟近く並んでいる長屋風の建屋の1ルームからリースされているエリアにお客様のお店があります。1000ルームあると言っても、複数のルームをつなげて営業しているので、平均3ルーム程度はあるのでしょうか。300軒以上のお店があると思うのですが、現地のタイ人スタッフに聞いても何件のお店があるのかは知らないと言います。弊社のお取引き先様は2ヵ所に分かれて合計8ルームをリース後に買い上げて営業しているので割合とやり手のお店です。

店先まで並ぶ中古エンジンの山

店先まで並ぶ中古エンジンの山

販売する前には、エンジン始動チェック

販売する前には、エンジン始動チェック

タイの国策で2012年に初回購入者向けの補助金政策を終了するまで、新車販売台数が伸び続けた影響もあって、タイ国内を走る自動車は日本国内の風景とあまり遜色が無くなって来ています。むしろ新しいモデルの自動車が目立つくらいです。また日本メーカーのお車でも東南アジア専用の輸出車モデルや現地生産モデルが入り乱れて、日本の街角とは違う雰囲気です。

いすゞ:D-MAX(ピックアップトラック)

いすゞ:D-MAX(ピックアップトラック)

Mazda BT-50 Double Cab Hi-Racer

Mazda BT-50 Double Cab Hi-Racer

新旧入り混じった車種が止まる駐車場

新旧入り混じった車種が止まる駐車場

カローラ・アルティス(ALTIS)のタクシー仕様

カローラ・アルティス(ALTIS)のタクシー仕様

特にタイでは、ピックアップトラック(日本ではボンネットトラックと呼ばれる)タイプが人気高くて、日本では見かけ無いモデルも沢山走っています。もちろんトヨタのPickup truckが一番人気なのですが、イスズのD-MAXと言うモデルも大人気です。あと三菱のストラーダーやマツダのトラックも良く見かけます。まあトラックと言っても最大積載量は450㎏から750㎏で大型のものでも1t程度です。

さて、そんなタイの自動車社会情勢ですが、日本の廃車から取外し生産される中古部品は安くて品質が良いので市民権を得ているようです。タイ中古部品市場の店先で、甘いコーヒーを飲んでいると一台のタクシーがやってきて運転手がボクに話しかけてきました。偉そうに店先で座っていたボクは慌てて「ภาษาญี่ปุ่น!ภาษาญี่ปุ่น!(イップン:日本人)」と伝えて、お店のスタッフに接客を任せました。どうやら点火プラグの不具合で四気筒の内、一気筒が上手く点火しない様です。日本では見かけないカローラ・アルティスタクシー仕様はタイ国トヨタ自動車モデルで、の「リモCNG」搭載です。CNG(Compressed Natural Gas)圧縮天然ガスの事です。走行の初めのスタート時にはガソリンを使用して走り、ある程度スピードに乗ってきたら天然ガスに燃料を自動で切り替えて走行するシステムです。搭載エンジンは排気量1800ccの1ZZ-FEだと思われます。エンジン自体は日本仕様と同じですが補機類が少し違う様です。タクシードライバーのお客様は早口で何かをお店のスタッフに告げています。若いお店のスタッフは何か返事をしてお店の奥に探しに行きました。

しばらくすると、ダイレクトコイルと呼ばれるディストリビューター無しでコイルから直接点火プラグに火花を飛ばす方式のダイレクトイグニッション(Direct ignition)と呼ばれる中古部品を手にして現れました。

カローラタクシーのエンジンルーム

カローラタクシーのエンジンルーム

1ZZエンジンに、1NZエンジンの部品を流用

1ZZエンジンに、1NZエンジンの部品を流用

しかし手にしているのは、排気量1500ccの1NZ-FEのダイレクトイグニッションです。品物を間違えたのかな?などと思いそのまま見ていましたら、エンジンルーム内に装着して、エンジンスタートさせ動作テストをタクシー運転手と共に実施しているではありませんか!そんなので適合するのかなと疑問になりますが、バッチリ始動して快調にエンジンが回ります。購買者であるタクシードライバーさんは念入りに、低速回転から高速回転まで様々な領域でのエンジン回転数でテストを繰り返します。
どうやら、気に入った様子です。購入を決めてお金を支払います。そしてその間に、お店のスタッフさんが本来は装着出来ない形状のダイレクトイグニッションを切断加工して、本来はダイレクトコイルとシリンダーヘッドを固定するビス穴には、ボルトワッシャを大き目なものを選択して、ワッシャの耳でコイルが抜けないように押える加工を施して販売終了。どうやら日本からの供給量の加減で、1500ccタイプのエンジン部品の方が安価に流通しているようで、修理代金を少しでも安くしようとするお客様の想いに答えた商売だったようです。

日中はそんな感じで、打合せや視察で数件のお店を訪問致しました。まあ肝心の社長はお寺で故人に寄り添っているようで、お店には姿を見せません。夕方も頃合いの時間になったので私もスタッフに送ってもらい葬祭場も兼ねているお寺に向かいました。月曜日からの通夜で、筆者は昨日の木曜日を参列させて頂きましたが、本日の金曜日も概ね同じスケジュールで進行しました。

線香が太くて長いのは、夜間用らしい

線香が太くて長いのは、夜間用らしい

さて、ここまで読んで頂いています廃車ドットコムファンの方々なら、お気づきの方もお見えになるのではと思いますが…
常夏の国、タイ王国で一週間もお通夜をしていたら、故人は、ドライアイスで冷やすくらいで追いつくのか?と、思いませんか。筆者もとても疑問に感じたので、祭壇の裏側を覗いてみると、太っとい電源ケーブルとブーンと低く唸るハム音…
そうです、冷蔵庫のアノ音。つまり、故人専用の冷蔵施設が遺体安置に使用されていたのです。ドライアイスよりも確実な方法ですよね。

そんな感じで金曜日のお通夜も終わりまして、またホテルに帰還前に地元レストランでタイ料理をご馳走になりました。明日、土曜日はいよいよ本葬と火葬です。明日は終日、斎場に滞在の予定なのでホテル帰還して休みました。やはり慣れない異国の地で、暑い日中を終日外で過ごすと、もうクタクタです。

そして土曜日の朝。8時にホテルにお迎え頂いて、斎場を兼ねたお寺に向かいました。ここまでのおさらいをすると、
・お通夜は1、3、5、7日間以上と数日間実施されている。亡くなった方の地位や家柄で決まる。
・1日だけでも都合がつく日の参列で大丈夫。もちろん毎日参列しても良い。
・都合がつくなら、火葬をする日に参列するのが良い。火葬の日が、お葬式の日。
・喪服は一部の来賓だけ。襟のついた黒っぽいポロシャツや黒ワイシャツに、黒系統のスラックス等で。
・香典は、白い封筒で。水引は不要。 表は何も書かずに、裏に自分の名前を記名。
・斎場の記帳は無い。香典は斎場に着いたら故人に出来るだけ近い親族に手渡す。
・香典の金額は、200バーツから500バーツがタイ人の一般価格。取引先等の重要なら1000バーツ。
・献花、花環は、700バーツから1000バーツ。1500バーツ近いと見栄えが良い。
・葬儀が執り行われるのは、お寺。サーラーと呼ばれる式場が複数ある。 火葬場も備えている。
と、こんな感じです。

サーラ(斎場)画像左奥に厨房がある

サーラ(斎場)画像左奥に厨房がある

火葬場。これも寺院の敷地内にある。

火葬場。これも寺院の敷地内にある。

土曜日の葬式と火葬は丸一日執り行いますと聞いていた。言葉が分からないので、お経を聞いていても分からない… いや、日本のお経も聞いても分かりませんね。だから、周りの人がやるように同じ事をしていましたが、故人の親類縁者の方々が、日本から来た友人に手助けをしてくれる様に、身振り手振りで動作を教えてくれます。少し記憶が曖昧ですが葬儀の流れは下記のとおり。

・お坊さんが入室。
・喪主が、仏前で両膝をつきワイ(お辞儀)を三回してからすべての蝋燭に火を灯す。
・礼拝文を、長の発声に続いて参列者が反復する唱和スタイルで僧侶に唱える。
・僧侶はそれに答え、おそらく三帰依・五戒だと思われるお経を僧侶と遺族で反復唱和が行われる。
・僧侶の一団による読経が途中で休憩を挟みながら三回唱えられる。
・僧侶一団への食事のおもてなし。この間、参列者は配膳のお手伝い等をするか休憩。
・食事が終わった僧侶達が、四度目の読経を唱える
・参列者が複数の車座になり、隣あう人と腕を掴むように添えながら、メインになる人が徳利のような水差しから読経と共にお盆に水をゆっくり注ぐ儀礼を執り行う。
・お坊さんにお礼の品物とお布施を渡す。そしてお坊さんが退室。
・参列者に食事がもてなされる。

と、葬儀にあたる部分と思われるのがこんな感じで流れてゆきました。お経が終わり、参列者が食事をしたのが13時過ぎていました。お通夜の時にも軽食が出ましたが、式場の横に厨房がありそこで調理を致します。お寺なので、ほとんど肉料理はありません。また、暑いタイBKKなので、クーラーボックスに氷が満載で参列者は自由に飲み物を手に取ります。もちろん費用は喪主が負担しているようで、香典で包んだのは、そのままお寺とお坊さんに寄進するようです。従い長い日数の葬祭はある程度の富裕層でないと執り行えないようです。

葬式の僧侶団。

葬式の僧侶団。

読経と読経の合間は休憩。

読経と読経の合間は休憩。

大型のクーラーボックス

大型のクーラーボックス

ほとんどの人が、サンダルに裸足

ほとんどの人が、サンダルに裸足

お昼ご飯が終わると、親類縁者たちはおしゃべりをしていますが、その合間になにやらリボンで花を作っています。その花にはコインを一緒に入れて作っています。話を聞くと、どうやら撒銭をするようです。筆者の地元では葬式に、小銭をばら撒く風習は無いのですが長野の山間にて参列した葬儀には半紙で包んだ小銭やお米をばら撒く儀礼を体験したので、おそらくは同じ意味だと思われます。ケガレを賽銭で撒き落とし、善行を行う事で極楽浄土に行けるようにと、長生きした方にあやかりたいと言うような意味だったと記憶しています。

故人の親族がひとつひとつ想いを込めて編む

故人の親族がひとつひとつ想いを込めて編む

撒き銭を包む花リボン

撒き銭を包む花リボン

その後一段落した頃に、高僧による説法が執り行われました。小乗仏教の教えだから修行者でない故人は彼岸の地には行けず、輪廻の輪にのり転生する考えのハズですが、儒教的な思想も入っているのか先祖を大事にする気持ちも説きつつ、お釈迦様は仰いました。悲しむ事、嘆く事をしても愛する人と離れる事に至る無常の真実を知らなければならない。無常だからこそ何時かは去ってゆき世の中の真実を知る事が出来る。功徳を積み果てしない輪廻の束縛から解放される日を信じて、平穏に死を受け入れる気持ちを説いていたのだと思います。

高僧による説法

高僧による説法

どうやらこれで、お葬式はお仕舞いの様です。
祭壇を前にして、参列者の記念撮影大会が始まります。親族同士、仲間同士が何人も並び撮影がなされます。
遠目に見ていると、筆者も呼ばれたので撮影に加わりました。最初は知合いのタイ人の輪に加わりましたが、その内、田舎から出てきた故人の親族の方々も一緒に撮影して欲しいと言われたので、何十枚もの写真に納まる事となりました。タイの人々は微笑みながら、祭壇の前で、記念撮影をするという不思議な感じでした。

記念撮影大会が終了しましたら、いよいよ出棺の時です。同じ寺院の敷地内にある、斎場から火葬場まで龍の形を模したリアカーの様な台車に棺桶を載せて出棺させます。僧侶を先頭にして火葬場の祭壇の周りを左回りに三周練り歩きます。この風習に近いものは日本でも棺を三回廻す儀式を執り行う事も見聞きした方も居るのではないでしょうか。諸説ありますが、“釘打ち”や“茶碗割り”と同じ様に迷いこの世に戻って来ない様にと言う意味合いや、仏教の開祖であるお釈迦様のお父様が亡くなった際に、父の棺と共に自宅の庭を父との思い出を話ながら、故人を偲びながら庭を三周した行為をマネる風習だとも言われています。だとすると三周回る間に故人との思い出を偲びながら回りたいものですよね。

故人と最後のお別れをする

故人と最後のお別れをする

香典返しに頂いた品物

香典返しに頂いた品物

火葬場では、火葬式が執り行われます。故人の生い立ちやエピソードや経緯を進行役が話した後に、僧侶による読経を頂きつつ、細い紐を棺桶と仏様と弛ませたものを参列者が持ち廻します。そして参列者は、故人と最後のお別れをしてお参りをして火葬場を後にします。遺族が、香典返しと言うより「私の愛する家族を忘れないで」と、記念品の仏具らしきお猪口を参列者に配られました。

僧侶への御礼の供養品々

僧侶への御礼の供養品々

参列者が最後のお別れをした後に、僧侶団に御礼の供養品々をお渡しする儀礼が執り行われます。火葬場で、読経を頂いた僧侶に葬祭の参列者でも故人に縁の深い親族や来賓の方々が、大き目な杯の様なものに載せられた、僧侶の衣料やお布施等々の品々を納めます。これも司会者の様な進行係がいて、マイクで呼び出して遺族と共に、僧侶に渡します。その間、参列者は行儀良く着席しているので、修行者に対する功徳を積む重要な儀礼だと思われます。事実、この御礼の品を渡す人は、サンダル姿では無く、喪服や軍服、警察官の制服等々の正装をしている人がほとんどでした。

この儀式が執り行われたのが、17時半頃。朝から参列していたので本当に長い一日でした。取引先の社長たちは田舎から親族一同が来賓しているので、この日は取引先の友達であり、筆者がタイに訪問するとアテンド係を買って出る親切な警察官と2人で地元レストランに食事に行きました。やはりタイの方。連れて行ってくれたのは水辺のレストランで、スワンナプーム空港から発着する飛行機が見える湖上のレストランです。

タイに入国して4日目。日曜日です。月曜日に日付が変わってすぐの深夜0:05にフライトする便を予約してあるので、滞在の最終日です。この日は、火葬した故人の「骨上げ」と「散骨」です。早朝6:30にホテルにスタッフがお迎え頂いて、7:00頃から骨上げの儀式が執り行われます。細い紐を参列者で廻しながら僧侶による読経が行なわれます。本来の南伝仏教ではお墓を建てて拝む風習は無いのですが、儒教の思想が入り込んでいるのでしょうか故人には田舎に帰るとお墓があるそうです。輪廻転生からの解脱を求める小乗仏教にはお墓の概念は必要ないのです。もしかしたら、故人の菩提寺のパコダ(仏舎利塔)に入るのかもしれませんが、良く聞きだせませんでした。タイ人でも、中国系の華人系の方々は、お墓を建てて拝む事をするらしいので、いろんな考えが入り混じった国、正にカオスな国ですよね。

骨上げの儀式で、小さなパコダ状の骨壺に遺族が故人の骨を素手で拾い上げて移します。火葬の儀式の翌朝に骨上げを執り行なうのは素手で拾う為なのでしょうか。

参考画像:ミャンマーのシュエダゴン・パゴダ(Shwedagon Pagoda)

参考画像:ミャンマーのシュエダゴン・パゴダ
(Shwedagon Pagoda)

祭壇が片付けられた斎場

祭壇が片付けられた斎場

骨上げする際に、聖水らしき液体を振りかけるのを参列者で行ったり、花びらを遺灰に振りかけたりして骨上げの儀式は終わりました。金ぴかのバコダ状の骨壺に骨上げをした後、本当に近い親族の故人の親や姉妹達が灰の中に埋まっていた歯を僧侶に取り出してもらい遺品として持ち帰っていました。そうして残った遺灰は風呂敷のような布で包んで一まとめにして骨壺と一緒に持たれました。
骨壺と共に斎場に戻り、僧侶団にもう一度読経を頂きます。読経が終わると御礼の品々を渡します。あの“華扇風機“や“華輪時計”“華絨毯”等々もすべてお寺に寄進されます。話を聞く限りでは、どこかの読経が初七日の法要だったらしいのですが、筆者には分かりませんでした。しかし、この骨上げが終わったので田舎から出てきた親族一同は帰るとの事。ヤソートンと言うバンコクから600km以上離れた県から来ているので、簡単には会えません。お葬式の最中には涙を見せなかった親族達でしたが、血縁者との別れと相重なってか皆が涙を流しながら励まし合って、そして微笑んで手を振りながらバスを何時までも見送っていました。そんな風景を見ながら筆者も、お世話になった故人の事を思うと、そして親の自分よりも先に亡くなってしまった故人を思う親の心情を思うと泣けてくるのでした。

さて、いよいよ「散骨」です。バンコク市内を流れる、チャオプラヤー川に散骨するとの事で、葬祭を執り行ったバンナー地区から1時間程車で走り、ノンタブリー県パーククレット地区にあるクレット島近くまで移動をしました。クレット島と言うのはチャオプラヤー川の中州島で、アユタヤ観光した後に観光船で河下りをする観光コースになっている場所です。筆者も故人に連れられて来た事がある場所でした。クレット島北側の対岸に位置する、ワット・バン・チャック(Wat Bang Chak)と言うお寺に建っている大仏さまが見える場所、チャオプラヤー川の真ん中まで船を出しました。

チャオプラヤー川から見える、大仏さま

チャオプラヤー川から見える、大仏さま

花びらと共に散骨された

花びらと共に散骨された

船二艘をロープで結わえ、全員の参列者が線香を両手で挟みながら、お祈りをしました。そして、喪主であり夫で在った父と息子と娘の三人で、故人の妻であり母の遺骨を静かに風呂敷からチャオプラヤー川に流しました。私は小さな声で般若心経を唱え故人を見送りました。

散骨した日曜日の夜半、筆者は取引先の皆に見送られてスワンナプープ空港に送って頂き、フライト便にチェックインして帰国の途につきました。

乳海攪拌(にゅうかいかくはん)の再現像

乳海攪拌(にゅうかいかくはん)の再現像

出国審査を過ぎるとすぐに、ヒンドゥー教の天地創造の神話を題材にした乳海攪拌(にゅうかいかくはん)像が、旅人を迎えてくれます。なんでも神と阿修羅が毒蛇で綱引きをして不老不死を得た神が世界の創造をする??みたいな神話だそうです。
不老不死、叶わない願いと知っていますし、人には寿命、人の天命があるのだろうなと言う事も、不惑の歳も半ばの筆者はボンヤリとですが理解しているつもりです。
故人は享年41歳。早すぎる死にただ残念で仕方がありません。ただボクに出来る事は、彼女の笑顔を忘れないでいる事です。ご冥福をお祈り致します。

観光立国を目指した日本政府の方針で、東南アジア5ヶ国に訪日ビザ免除や緩和をした事を受けて、来日が簡単になったので、大好きな柿が食べられる時期か、桜が咲く時期に来日して、筆者の勤務する自動車リサイクル工場も見学して、そこで廃車から自動車中古部品を取外してバンコクに届く風景を見る約束をしていたのに……
本当に惜しい人を亡くしました。ご冥福をお祈りする気持ちで本文を執筆しました。

ヤオさん。ありがとうね。 合掌。

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